わが国入札制度の現状と課題
本年初頭における金丸前自民党副総裁の逮捕によって,わが国の公共事業における腐敗の構造が明らかになってきている.ごく簡単化して言えば,国民の税金が談合によって建設業者の超過利潤になり,さらにその一部がヤミ献金によって政治家に還流しているというのが,その構図である.
金丸事件が起きる前から,わが国の公共入札制度は大きな環境の変化に直面していた.第一に,日米構造協議におけるアメリカからの圧力もあって,談合の摘発の強化がなされてきている.それに伴って,永年にわたって談合の温床であった建設業界においてさえ,独占禁止法の順守を業界団体自らが呼びかけるようになってきている.第二に,日本経済の市場解放の一環として,政府調達の分野でも外国企業の参入が不可避になってきている.開放の遅れている建設業においても外国企業の受注がわずかながら出てきている.第三に,わが国の建設業界も,CM方式やVE制度などの海外で盛んに使われている新しい発注方式を採用するように要請するようになってきている.第四に,GATTの協議において公共調達が取り上げられており,国際的に通用する調達制度を採用しなければならない日も近いであろう.
このように大きな環境の変化が起きているのに,公共入札システムの改善は進んでいない.明治以来ほとんど変更のない古色蒼然たる会計法・予決令の体系についてさえも改正の機運がない.また,最近の中央建設業審議会の建議においても,発注者サイドの公共入札システムの改善については踏み込んだ内容にはなっていない.
金丸事件後の世論の批判に対応するために,建設省は指名基準の具体化・明確化と技術情報募集型指名競争入札などの新しい入札方式の導入を打ち出している.しかし,これらの小出しの対策では,政治家・業界・官僚の間に存在する利権の構造に大きな変化をもたらすことができるとはとても思えない.
現行システムの最も重要な問題点は,談合の蔓延である.談合が蔓延している状況ではコストを低下させる唯一の手段は予定価格の設定である.予定価格を適切に設定すれば談合による独占利潤の発生を抑えることが短期的には可能である.しかし,競争原理を用いなければ,長期的な業界の効率化を達成することはできない.技術開発や経営努力を重ねる企業が伸びていって,そうでない企業が淘汰されていくことが,長期的な効率化のためには不可欠である.ところが,談合によって受注の配分を行っている業界では,このような新陳代謝のメカニズムが働かず,非効率企業が温存されてしまう.予定価格はその時点の平均的な費用を前提に計算されるので,非効率な企業が温存されていれば建設コストは高くなることになる.
公正取引委員会の摘発の強化によって談合は減少する傾向にあるが,いまだにかなりの公共入札で談合が行われているようである.談合を排除するためには公正取引委員会の摘発に頼るだけではなく,談合を防止するような公共入札システムを工夫する必要がある.その例としては以下のようなものがあげられる.
談合を防止するためには談合やぶりの便益を大きくし,談合組織が談合やぶりを罰するのが難しくなるようにすればよい.わが国の工事完成保証人制度は談合組織が談合やぶりを罰することを容易にしており,談合の維持につながっている.工事完成保証人制度の廃止は,談合の維持を困難にする効果を持つ.この制度は即刻廃止すべきである.
談合維持を困難にするもう一つの方策は,入札をなるべくオープンにして談合組織に入っていないアウトサイダーの参入を促進することである.このような政策の例としては,指名企業の数を多くすることや,他地域の企業や外国企業の参入を促進することがあげられる.
入札の際に総費用だけでなく費用の内訳を提出させるようにし,内訳のチェックを行うことが,談合摘発を容易にする.談合の際には項目別の費用見積についてまで調整しなければならず,そのための綿密な打ち合わせが必要になるからである.このような打ち合わせを証拠をまったく残さずに行うことは困難であり,そのことが摘発につながると考えられる.
わが国においてはどの企業を指名したかを入札前に公開するのが普通である.このような方式は談合のためにはどの企業と話し合えばよいかを発注者サイドが知らせているわけで,企業に談合をして下さいと言っているのと同じである.どの企業を指名したかを秘密にしておけば,談合をするためには談合の相手が誰であるかを探さなければならなくなるので,他の多くの企業とコンタクトを取る必要が出てくる.コンタクトをとる相手が多くなると談合を秘密にしておくことが困難になり,摘発が容易になる.イギリスではわが国の指名制度に近い制度を採用しているが,入札までは指名企業名は秘密にされている.
多くのJVでは,全国的に営業している大手から地方の中小業者まで規模の異なる企業を数十社から数百社まで集めたジョイント・ベンチャーを組むことを発注者サイドが指定している.ジョイント・ベンチャーの本来の目的は,大規模工事におけるリスクの分散,各社の得意技術のプール,中小業者の技術力の向上などであるが,なかにはジョイント・ベンチャーには加わったが実際の工事は他の業者に下請けに出してその中間マージンだけを吸収する業者が存在している.
このようなジョイント・ベンチャー制度は,政治家が自分と関係の深い地元業者に公共工事を回して超過利潤を得させるための手段として乱用される傾向がある.また,極めて多数の業者を集めたジョイント・ベンチャーを組むためには,業者同士が集まって相談しなければならないので,談合行為を調達者側が強制しているのと同様な効果を持っている.
わが国では欧米諸国に比べて単年度予算が厳格に守られていて,このことが公共調達にも悪い影響を与えている.もちろん,国庫債務負担行為を用いることによって,複数年度にまたがる発注を行うことができるが,手続きが面倒なので,単年度発注にしてしまうことが多い.
大きな工事は1年以内に完成できないことが多いが,それらの工事を各年度に分割すれば,工事契約の入札も各年度に別々に行わなければならない.そうすると,例えば12階建のビルの建築について,5回まで組み上がったところで,次の年度になるようなことがある.このような場合に,次の年度に別の業者が仕事を引き継ぐことになると,様々な不都合が生じる.したがって,現実には今まで工事を行ってきた業者が落札するようにせざるを得ず,業者同士が談合することが(暗黙の内に)求められるということになる.JVのケースでも見たようにわが国では談合がほとんど不可避であるような調達方式が往々にして存在するが,これもその例である.談合を容認する公共入札システムから競争原理を活用するシステムに移行すると,このような調達方式を続けることは不可能になる.
わが国では,企画の段階から企業の参加を要請したりすることがあるが,これらの多くはコンサルティング契約なしでの手弁当での参加である.このような場合には,企業は費用を回収するために談合に走ることになりがちである.談合を行う企業は独占禁止法違反で摘発されれば処罰を受けることになるが,談合をほぼ強制するような発注をする発注者サイドの責任も問われるべきである.
以上の7つの談合対策のうちで最も緊急の課題は,談合を育む温床になっている工事完成保証人制度と談合をほとんど不可避にしているジョイント・ベンチャー制度の2つを廃止することである.
また,アウトサイダーの参入を促進するためには,他地域や外国企業の参入を容易にすることが必要である.しかし,地方自治体は外からの圧力がなければ地元業者優先の姿勢を崩すことはないので,現行の指名制度を前提にするとアウトサイダーの促進は困難である.国の直轄工事についても,最近公表された指名基準は地元に事務所を持つ業者を優先することを定めているが,これは談合防止の観点からは望ましくない.ECが検討している加盟各国間の内外無差別の原則の強制を,国内の自治体間で制度化することが必要である.それが不可能ならば,一般競争入札制度への移行も止むを得ないであろう.
談合が排除され,競争的な入札が行われるようになると,不良工事などが増加する可能性がある.したがって,企業の技術力や工事の品質の評価システムを確立する必要が高くなる.また,品質が重要なケースに関しては,価格だけの入札ではなく,価格と品質の双方を考慮して落札者を決定するシステムを採用しなければならない.昨年の11月に取りまとめられた中央建設業審議会の入札制度に関する建議でも入札・契約制度の多様化が唄われているが,現行の法制度の枠内での多様化に留まっている.実質的な変化を実現するには,現行の古色蒼然たる会計法・予決令の体系の抜本的改革を行う必要がある.
発注者が品質や技術力の評価を行うことは,発注者の裁量権を拡大することになり,発注者サイドの不正行為や政治家の介入を招く危険性が大きい.したがって,発注者の恣意性を排除するための様々な制度的枠組みを作ることが必須になる.
わが国の指名競争制度では,指名業者の選定が品質維持のほとんどすべての役割を担っており,入札時には価格だけしか考慮しない.このようなシステムにもいくつかのメリットが存在し,一概に悪いとは言えない.しかし,このメリットは,発注担当者が良心的であり,指名の際に品質をきちんと評価していることが前提になる.そのような意図が全くない発注担当者に対して裁量権を与えることは何の意味もない.また,金丸事件の教訓の一つは,たとえ発注者本人は良心的であったとしても,裁量権の存在は政治家の介入を招くことである.指名権の乱用を防ぐためには以下のような方策をとる必要がある.
(1)公式な形で指名の希望をとって,指名希望者と実際に指名された者のリストを(落札決定後に)公表することを義務付ける.
(2)指名のルールを明確化し,それを公表することを義務づける.
(3)指名業者を選択する委員会を発注担当者から独立させ,この委員会が業者の技術評価や過去の実績を継続的に行いながら指名業者を選ぶようにする.
(4)指名権の運用が適切であるかどうかを会計検査院などの外部機関が検査する制度を作る.
(5)何度希望しても指名されない業者が異議申し立てをできる制度をつくる.
金丸事件を契機として,建設省でも入札・契約制度の改善に関する報告書を出しているが,そこで打ち出されている政策は現行制度のマイナーな変更に留まっていて,指名競争制度に対する信頼を取り戻せるとはとても思えない.以上の5つの方策をセットで実行するといった抜本的な対策がとれない場合には,いったん一般競争入札制度に移行して,その欠点を修正する方策を考えるという方向に行かざるを得なくなるであろう.
また,新たな入札・契約方式の導入として,技術情報募集型指名競争入札や施工方式等提案型指名競争入札などが打ち出されているが,これらは10億円以上といった大規模工事にだけ適用されており,大きなインパクトを持つとは考えられない.このような大規模工事の受注者は実際には超大手の建設会社に限られており,指名競争ではなく一般競争を行っても不良工事などのトラブルが発生する可能性はほとんどない.大規模工事については一般競争制に移行して,技術力や経営力のない企業が受注する可能性は落札後の審査で排除するといった欧米流の制度を考える必要がある.
もちろん,現行の指名競争入札制度にはある程度の合理性があり,それを全面的に廃止すべきではないだろう.問題なのは,わが国の公共入札システムが異常に画一的であり,指名競争と随意契約以外の契約形態が採用されていなかったり,価格と品質の双方を明示することが困難であったりすることである.多様な契約形態や入札制度を認めて,ケースに応じて最も適した公共入札システムを選択するという方式に移行しなければならない.検討すべき新しい調達制度の例としては,品質と価格の双方の評価による落札者の決定に加えて,VEなどのインセンティブ契約やCM方式の発注などがあげられる.
インセンティブ契約とCM方式のメリットについては,金本(1991,1993)で論じたが,特にCM方式は地方公共団体の工事発注の効率化と透明性の確保に役立つと思われる.CM方式は工事の企画段階からコンストラクション・マネジャー(CMR)と呼ばれる専門家が発注者の代理人として設計,コスト管理,工程管理などを運営していくシステムである.CMRを使うことによって,発注者サイドは設計や施工に関する技術的な問題に頭を悩ませることが少なくなるので,基本計画の策定や住民との折衝などの政治的な調整に専念できるようになる.これは,有能な技術者を数多く抱えておくことが困難な地方自治体にとっては大きなメリットであろう.
どのような公共入札システムを採用するのが国民にとって最も望ましいのかを中立的な立場からシステマティックに検討している機関は今のところ我が国には存在しない.国の機関では建設省が公共工事の入札制度に関する検討を行っているが,建設省は発注官庁であるという立場と建設業の監督者(あるいは,保護者)であるという立場にあり,公共調達をめぐる利権の構造の中の一当事者である.このような立場の機関が,納税者である国民全体の視点からの改善策を提示する可能性は薄い.中立的な立場から長期的な視点に立って公共入札システムの改善方策を研究する組織づくりを行うべきである.
金本良嗣(1991)「政府調達の経済学」『公共セクターの効率化』(金本良嗣,宮島洋編)第4章,89-110.
金本良嗣(1993)「公共調達制度のデザイン」『会計検査研究』No.7,35-52.