譲渡所得税や相続税などによる歪みが土地の高度利用をさまたげており,そのことがわが国の住宅問題の主たる原因であるとの議論がなされることが多い.また,土地保有税を上げれば遊休地や低度利用地の開発が促進されて土地の有効利用が進むとの議論がなされている.この論文では遊休地の開発のタイミングが土地税制によってどのような影響を受けるかを分析する.ここで分析する税制は,固定資産税,都市計画税,特別土地保有税,及び新しく導入が決定された地価税などの土地保有税と実現されたキャピタル・ゲインに課税される譲渡所得税である.相続税や土地取引税なども遊休地の開発に大きな影響を及ぼしているが,これらについては別の機会に論じたい.
土地保有税は土地を保有することの費用を高めることによって有効利用を促進すると言われている.しかし,この議論の中身については必ずしも理解が十分であるとは言えない.たとえば,土地保有コストの上昇が遊休地の売却を促進するという議論は,地価形成に関する誤解に基づいているものが多い.もし保有税が地価の水準を変えなければ,保有コストの上昇は保有を不利にし売却を有利にするので,売却促進効果をもつ.しかし,保有税は税引き後の純収益を減少させ,地価を下げる効果を持つ.これは土地を売却した場合の収入を下げるので,保有税が遊休地の売却を促進するかどうかは明かでない.
土地税制が遊休地の開発に及ぼす効果を分析するためには,地価の径路がどう変わるかを考慮に入れる必要がある.この方向での研究を精力的に進めたのが野口悠紀雄氏であり,野口 (1989) において土地保有税が遊休地の開発を早める効果をもつことを主張している.この主張には2つの部分がある.第一は,ある特定の開発プロジェクトについて土地保有税が開発時期を早めるという主張である.第二は,2種類以上の開発プロジェクトの間の選択に関するもので,土地保有税は開発時期の早いプロジェクトを有利にするというものである.
野口氏の第二の主張は経済学者の間で広く受け入れられているが,第一の部分については金本 (1990) が逆の結果が成立するという批判を加えている.金本 (1991) ではこれらの議論を整理し,野口氏の結果は遊休地だけに課税される遊休地税のモデルに基づいており,金本 (1990) の結果は純粋な土地に課税されるだけではなく開発費用にも課税される固定資産税のモデルに基づいていることを主張した.これに対して,広門 (1991) は野口氏のモデルで土地保有税が開発時期を早める効果をもつのは,家賃収入の径路が開発時点に依存すると仮定しているからであることを示した.また,野口モデルは借地借家法などによって継続家賃を上げることが困難なときに成立すると主張した.
この論文ではまずこれらの議論の再整理を行い,以下のような結論を得る.
(a)開発後に得られる賃貸料の径路が開発時点には依存しない(つまり,20年後に得られる賃貸料は今年開発しようが10年後に開発しようが同じである)ケースには,純粋な土地部分だけに課税される地価税は開発のタイミングを変化させない.しかし,開発前だけに課税される遊休地税は開発を早める.また,土地部分だけでなく建物部分にも課税される固定資産税は開発を遅くする効果をもつ.
(b)開発時点を遅くすると開発後に得られる賃貸料の径路が上にシフトする(つまり,20年後に得られる賃貸料は10年後に開発した場合の方が今年開発した場合よりも高い)ケースには,地価税は開発のタイミングを早める効果をもつ.しかし,借地借家法などの制度的な理由で継続家賃を上げることができない場合はこのケースに含まれず,(a)の結果が成立する.
以上のような定性的な分析に加えて,もっともらしい数値例を用いた定量的分析を行う.その結果によれば,地価税は開発促進効果をもたなくても,地価の水準については大きな効果をもち,1%の地価税でも地価の水準を半分近くにしてしまう可能性がある.遊休地税については,開発時点を早める効果は大きく,我々の数値例では1%の税率でも開発を7年以上早めることになる.しかし,遊休地税の地価に対する効果は非常に小さい.固定資産税は建物や造成費用部分への課税が開発を遅らせる大きな効果をもち,1%の税率の固定資産税でも開発を約6年遅らせることになる.また,地価は大きく下がり,6割近い値下がりをもたらす.
野口氏の主張の第二の部分の複数の開発プロジェクト間の選択を通じる効果についても第7節で簡単に取り扱う.しかし,この部分はSkouras(1978),Bentick(1979),Noguchi(1982),Wildasin(1982)などによって既に研究し尽くされているので,この論文で特に新しい論点を提供するわけではない.
土地保有税に加えてキャピタル・ゲイン税の効果の分析も行う.わが国の譲渡所得税のように実現されたキャピタル・ゲインに課される税は売却益つまり売却価格と取得価格の差に課税される.このような実現ベースのキャピタル・ゲイン税はロック・イン効果をもつと言われているが,この論文での分析によれば完全な遊休地についてはロック・イン効果は働かず,逆に土地の売却を早くする効果をもつ.土地の売却が早くなっても,土地の購入者が土地をしばらく遊ばせておいた後に開発するので,開発時点は変化しない.したがって,譲渡所得税は遊休地の開発のタイミングに関して中立的である.
この論文の構成は以下の通りである.第2節では土地開発の動学モデルを定式化し,税金が存在しないときの最適な開発時点を求める.このモデルを用いて,第3節で土地部分だけに課税される地価税,第4節で遊休地税,第5節で土地部分と資本部分の双方に課税される固定資産税,第6節でキャピタル・ゲイン税の効果の分析を行う.第7節では,開発プロジェクトの間の選択を導入して地価税の効果を分析する.最後に,第8節で残された研究課題の展望を行う.