金本良嗣
東京大学 教授 大学院経済学研究科・経済学部
日本では諸悪の根元は「土地政策」の貧困にあると言われることが多い.「土地問題」を解決するために「土地政策」が必要であるという考え方は,「地価を下げる政策はそれだけで良い政策であり,政策の結果として地価が上昇することは望ましくない」といった短絡的な発想を生んでしまった.都心の商業地が拡大すると,地価が上昇するので,これを阻止するために土地利用規制を強化すべきであるという議論がその典型である.
土地政策を考えるときには3つのことが重要である.第一に,土地政策の目的は国民の生活を豊かにすることであって,地価を下げることを自己目的化してはならない.第二に,ひとまとめに土地政策といっても,それは,住宅・都市・建築規制・農地・税制などの具体的な政策の組み合わせに過ぎない.それらの個別の政策においてどれだけ大胆な改革ができるかが問題であり,それらの政策を個別に考えていく必要がある.第三に,土地の有効利用のためには市場メカニズムがうまく機能するような仕組みを整備することを最優先すべきである.政府による規制(都市計画,取引規制等)によって土地の適切な利用ができるというのは,複雑で変化のスピードが速い現代の都市経済システムの中では幻想に過ぎない.
以上のような視点から土地に関する政策をながめた場合,ポイントは以下の3点に絞られるだろう.
第一に税制,第二に規制,第三に社会資本整備の仕組み,である.
まず,税制について考えてみよう.税制については,土地問題の解決のために土地税制の改革が必要であるという議論が多いが,実はこの議論は逆であり,土地税制のもたらしている歪みが土地問題の主たる原因になっている.つまり,現在の土地税制の歪みによって,「有効に土地を利用していない所有者が節税目的のために土地を所有し続ける」という現象がもたらされているのであり,その歪みを取り除くことが,土地税制の最重要課題である.
なかでも,最も大きな歪みは都市近郊農地である.1991年の税制改正で長期営農継続農地の制度は廃止されたが,市街化農地の約30%が,ほぼ同様な優遇措置を受ける生産緑地になった.生産緑地に対する相続税の優遇措置は定量的に極めて大きく,その節税効果によって農地所有者の留保価格が5倍近くに跳ね上がっている.(詳細は,金本良嗣「土地課税」『税制改革の新設計』(野口悠紀雄編)第5章,日本経済新聞社,141-184,(1994).)宅地化が進んでいる地域に農地が点在していることは,日本を訪れる外国人が一様に奇異に感じるところであり,日本の土地政策の最大の汚点である.
2番目に大きい歪みをもたらしているのは,通常の宅地に対する相続税評価である.特に,小規模住宅地に対する相続税優遇措置は極めて大きなものになっており,土地の高度化を阻んでいる.
相続税による歪みは,生産緑地や小規模宅地に対する優遇措置を外し,それと同時に,相続税の最高税率を現在の70%から50%まで下げれば,かなり小さくなる.相続税のいわゆる「抜け穴」をふさぎながら,最高税率を下げるのが土地税制改革の第一の課題である.
譲渡所得税については,岩田規久男氏が提唱している「含み益利子課税」方式がベストであり,固定資産税をこの「含み益利子課税」に置き換えることを提案したい.そのメリットは3点ある.
第一に,譲渡所得税の凍結効果が解消され,土地の有効利用が促進される.第二に,固定資産税の税率の上昇は,納税額の上昇に見合った地価の下落を招くので,税率の変更を予想せずに高い価格で土地を購入した人は大きなキャピタル・ロスを被ることになり,高値で売り抜けた元の地主との間の不公平感は大きい.したがって,固定資産税の税率の変更は納税者間の公平の見地から問題が大きく,それを反映して社会的な抵抗も大きい.含み益利子課税の場合には,このような欠点は存在しない.第三に,土地を取得したばかりの人には含み益がほとんどないことから,新規住宅購入者には税制上の恩典となる.このように,含み益利子課税方式には利点が多い.
ポイントの第二の規制の是正については,容積率の緩和,日影規制の撤廃,借地借家法の改正など,取り組まなければならない課題は多いが,ここでは,土地の有効利用を阻んでいる最大のものとして,都市近郊農地の転用規制をあげたい.農振法による基盤整備を行った農地は住宅に転用できない.インフラが整っていて住宅地として活用する場合に整備費用が低くて済むにもかかわらずだ.
日本の宅地開発のコストは高い.素地そのものが高いということもあるが,造成費も異常に高い.これは平坦な農地が利用できないことに原因の一つがあるのではないか.宅地開発プロジェクトを見ると,もともとの素地は森林や湿地が多い.安く開発できるところは農地法による転用規制がかかっているために,結果として造成費の高いところばかりが開発されることになっている.規制の最大の問題は,供給を阻害することによって地価を押し上げていることである.規制の是正の焦点もそこにあるだろう.
ポイントの第三の社会資本整備の在り方も,コストと供給価格の問題に関連してくる.社会資本整備が端的に必要になる例として,新しい住宅地開発を考えてみよう.開発の規模がある程度大きくなると,開発者による街のグランドデザインが容易になり,宅地の形状や植栽,建物の種類などをコーディネートした魅力ある街づくりが可能になる.開発者は開発資金を回収し利益を上げるために,市場で宅地や住宅を分譲することになるが,ここでは,社会資本整備の充実も重要なセールスポイントになる.街としての商品性に優れ,社会資本も整い,しかも価格が適正でなければ,顧客に支持されない.
つまり,大規模開発においては,社会資本整備も含めて,高品質で低価格の住宅開発を行わせるインセンティブがある.このような大規模開発を積極的に推進するような仕組みをつくれば,社会資本整備も市場システムの中で自ずと実現していくことになる.
ところが,現実は,大規模開発になればなるほど,市町村による開発負担金や開発規制が強化され,逆に,既存の社会資本に負荷をかけるミニ開発については,何ら負担が発生しない.この構造は反転させる必要がある.大規模開発とミニ開発で社会資本整備の費用負担が平等になるような仕組みに変えていかなければならない.そのような流れをつくれば,社会資本も市場原理と調和した形で整備されていくはずである.