東京大学教授 金本良嗣
日本の住宅価格が高い原因を探ると,住宅政策のあるべき姿が見えてくる.幸いなことに,なぜ日本の住宅価格が高いのかについて様々な調査研究がなされており,かなりの程度明らかになっている.
住宅価格の構成要素は,大まかに,(1) 宅地開発前の素地価格,(2) 社会資本整備費用も含めた宅地開発費用,(3) 建物部分の建設コストの3つに分類できる.日本では,これらのそれぞれについて高コスト構造が存在している.
第一の開発前の素地価格については,宅地供給が阻害されているのが最大の問題である.この問題の核心は,「有効に土地を利用していない所有者が節税目的のために土地を所有し続ける」という現象である.
現行土地税制の歪みのなかで最も大きなものは,相続税に関するものである.宅地に対する相続税評価が実勢価格より低くなりがちであることに加えて,生産緑地に対する相続税優遇措置と小規模住宅地に対する相続税優遇措置が土地の有効利用を著しく阻害している.これらの歪みは,生産緑地や小規模宅地に対する優遇措置を撤廃し,それと同時に,相続税の最高税率を現在の70%から50%まで下げれば,かなり小さくなる.
譲渡所得税も土地の有効利用を阻害しているが,これについては,岩田規久男氏が提唱している「含み益利子課税」方式に固定資産税を置き換えるのがベストの政策である.
次に,宅地開発のコストについては,日本の造成費が異常に高いのが問題である.安く開発できる平坦な農地には農地法による転用規制がかかっており,結果として造成費用の高い林地や湿地ばかりが開発されている.減反政策を行わなければならない状態にあるのに,都市近郊の農地転用を厳しく規制しているのは「政府の失敗」の典型であろう.
建物部分の建設コストが高いことも宅地開発の問題に連動している.アメリカにおける一戸建て住宅の建設費用は日本の約半分である.これが可能になっているのは,アメリカでの住宅建設の大部分は数戸から数十戸をまとめて建てる建売住宅であるからである.ある程度の戸数を一度に建設すると,職人の時間管理が格段に効率的になったり,資材の調達費用が大きく節約できる.日本のように一戸だけの注文住宅を建てようとすると,アメリカでも非常にコストが高く,中堅所得層には手が届かない.日本ではそのような贅沢な建て方をしているので,建設コストが高くなっても当然である.
効率性の高い建売住宅が日本で少ない理由は,まとまった規模の宅地開発を行うことが相対的に不利になっていることである.大規模開発になればなるほど,市町村による開発負担金や開発規制が強化される傾向がある.また,地主がまとまった土地を一時に売却することは,税制上非常に不利になるので,少しずつ売却されることが多い.
以上のように,日本の住宅価格が高くなっている原因のほとんどに何らかの「政府の失敗」が絡んでいる.これらの「政府の失敗」を是正することが住宅政策の課題である.