「土地課税」

金本良嗣

『税制改革の新設計』(野口悠紀雄編)第5章,日本経済新聞社,141-184(1994)

1 はじめに

 土地税制に関するこの論文の基本的な視点は,土地税制のもたらしている歪みが土地問題の主たる原因になっているというものである。したがって,土地税制改革の目標は,土地税制のもたらしている歪みを解消していくことにある。

 土地税制による歪みで最も重要なのが,土地の有効利用の阻害である。わが国の税制のもとでは土地を所有することによる節税効果が大きく,そのために土地を有効に利用する能力と必要のない人々がいつまでも土地を手放さないでいる。もちろん,節税目的のために土地を所有していても,借地をしたり,借家を建てたりすれば土地の有効利用は可能であり,そうする誘因も存在している。しかし,多くの経済学者が指摘しているように,わが国の借地借家法は借地や借家を著しく不利にしており,これらによる土地の有効利用は困難である。また,借地契約や借家契約においては情報の非対称性による市場の失敗が発生しやすいので,借地借家法が廃止されても問題は残る。

 この論文の中心部分は,相続税,所得税,農地課税などがもたらしている土地市場の歪みの大きさを分析することである。この分析によって,土地の有効利用のために最も効果的な税制改革の方向が明らかになる。

 土地税制の歪みのうちで定量的に最も大きいのは,生産緑地(1991年の税制改正までは長期営農継続農地)に対する相続税の優遇措置である。1991年の税制改正で長期営農継続農地の制度は廃止されたが,市街化農地の31%がほぼ同様な優遇措置を受ける生産緑地になった。

 2番目に大きい歪みをもたらしているのは,通常の宅地に対する相続税評価である。相続税評価額を公示価格の80%に引き上げる方針が打ち出されているが,現行の70%の相続税最高税率のもとでは,相続までは土地を手放さずにおく大きな誘因が存在している。

 これらの2つの歪みは両方とも相続税率を50%まで下げればかなり小さくなるので,相続税の最高税率を50%程度まで下げるのが土地税制改革の第一の課題になる。

 第三に,譲渡所得税はまったくの遊休地に対してはロック・イン効果を持たないが,かなりの収益をあげてはいるが最適な利用と比べて低度利用であるような土地に対しては,有効利用を阻害する効果を持っている。この効果もかなり大きく,既存の住宅ストックや低度利用の工場用地などの有効利用を妨げている。

 この問題に対する対策としてベストなのは,岩田規久男氏が提唱している含み益利子税を導入することである。この含み益利子税は実務的には固定資産税とよく似た性格を持っており,固定資産税と置き換えていくことができる。社会資本投資の開発利益を吸収する目的のためには,現行の固定資産税よりは含み益利子税の方が望ましい。

 第四に,現行の税体系は地方自治体の社会資本投資の誘因を歪めている。地方自治体が企業誘致には熱心であるが住宅開発には熱心でないのは,法人住民税の比重が高いことや固定資産税などにおいて住宅優遇措置が存在していることが原因になっている。また,大都市圏において固定資産税の評価額が低いことも地方自治体の社会資本投資の障害になっている。社会資本投資の主たる受益者が土地所有者であるのに,主たる財源は住民や企業が負担する住民税であることが,積極的な社会資本投資を困難にしているからである。固定資産税の評価額の引き上げとそれにともなう法人住民税の減税は,これらの問題を解消するとともに,地価を引き下げて社会資本投資の用地費を低下させることになる。

2 土地資産市場と土地税制

3 税体系のなかでの土地課税の位置付け

4 土地税制による歪みの概要

5 1991年度土地税制改革の概要

6 農地税制による歪み

7 相続税制による歪み

8 所得税制による歪み

9 住宅税制による歪み

10 土地税制改革