「政府調達の経済学」

金本良嗣

『公共セクターの効率化』(金本良嗣,宮島洋編)第4章,東京大学出版会,89-110, (1991)

1.はじめに

 どの国においても,公共部門の供給する財やサービスのうちで公共部門が自分で生産するものは少なく,民間から調達するものの方が多い.したがって,公共部門の効率化のための重要な課題は,調達システムを改善し,調達コストの低下をはかることである.

 たとえば,入札者の間の談合によって公共工事の費用が高くなっていれば,談合を防止することによって納税者の負担を軽減することができる.横須賀米軍基地での入札における談合事件が大きな問題になり,建設業界でも談合の排除を打ち出している.果たしてこのような動きは定着するのであろうか?談合を防止するためにはどのような調達制度を作ればよいのであろうか?さらにさかのぼれば,談合を防止することはそれ自体が目的とされるべきものではなく,それが政府の調達コストを本当に低くするかどうかを検討しなければならない.また,政府調達における競争原理の導入が手抜き工事や不良品の発生をひきおこさないようにするにはどうすればよいかも重要な検討課題である.

 コンピュータ・システムの基本設計についての入札で,富士通が1円で入札した事件が大きく取り上げられ,富士通が受注を辞退することを余儀なくされたことは記憶に新しい.納税者にとっては落札価格が低ければそれにこしたことはないはずで,この場合には何が問題だったのだろうか?

 この章の目的は,経済学の最近の研究が政府調達をめぐるこれらの問題についてどのような示唆を与えているかを検討することである.経済学の研究の現状では,どのような調達制度が最適であるかの問題に対してはっきりした解答が与えられているわけではない.また,どのような調達制度が望ましいかは様々な条件に依存しており,簡単な解答が可能な問題でもない.しかし,政府調達の分野においてもかなりの研究が積み重ねられてきているので,以下ではこれらの研究を展望し,それを基礎にわが国の調達制度の問題点の検討と改善の方向の模索を行いたい.

 公共調達ではコンピュータや兵器などの物品の調達と土木や建設工事などの工事の発注とを区別することが多いが,経済学的にはこれらの間に本質的な違いはないので,ここでは調達と工事を両方含んで調達と呼ぶことにする.

 競争入札制度に関する経済理論は「競売理論」と呼ばれており,1970年代後半以降に急速な発展を遂げた「情報の経済学」の一分野として重要な位置を占めている.この分野にはすでに膨大な研究が蓄積されており,それらのすべてを展望することは紙数の関係から不可能である.したがって,ここでは政府調達制度のデザインの問題に特に関係の深いものだけを解説するにとどめる.以下の第2節から第5節でこれらの研究の解説を行った後に,第6節でわが国の公共調達制度の特徴を概観し,調達制度の改善のために考慮しなければならない問題点を整理する.