1993年の初頭に金丸前自民党副総裁が脱税容疑で逮捕されたのを発端にして,前仙台市長及び現職の三和町長,茨城県知事,宮城県知事が次々に収賄容疑で逮捕され,公共事業における一大スキャンダルとなった.地方公共団体の首長が「天の声」によって公共工事の受注業者を決定し,その見返りにヤミ献金を受け取っていたことが摘発の対象であったが,その背後には談合の蔓延と指名競争制度の悪用がある.
わが国の公共工事においては指名競争入札制度が採用されており,指名業者の中で最低価格を提示した会社が自動的に落札する.したがって,指名業者間の競争が有効に機能していれば発注者側が受注業者を決めることはできないはずである.発注者が「天の声」を出して受注業者を指定しても,他の業者がより低い入札価格を入れれば,その業者に落札させざるを得ない.
ところが,実際には談合が蔓延しており,建設業者間の談合によって受注者が決定される.「天の声」はこの談合に影響力を発揮することによって機能している.建設業者の談合において発注者側の「天の声」が影響力をもつのは,発注者が指名業者選定の裁量権を持っているからである.「天の声」にしたがわずに他の業者が落札すると,その業者を将来の工事において指名から外すという罰則を加えることができる.
公共工事の発注における汚職事件の摘発を契機に,中央建設業審議会に「公共工事に関する特別委員会」が設置され,公共工事の入札・契約制度の改革を検討した.この委員会は1993年の8月から12月にかけて開催され,12月に「公共工事に関する入札・契約制度の改革について」と題する報告書をとりまとめた.この報告書では,(1)大規模工事については指名競争入札から一般競争入札に移行する,(2)工事完成保証人制度を廃止する,(3)入札監視委員会を設置するなどの,これまでの中央建設業審議会では考えられない大胆な提言を行っており,明治33年の指名競争入札方式の導入以来の大きな改革がもたらされようとしている.
本稿では,主に公共工事の分野を例にとって,わが国の公共調達制度を改善するためにはどうすればよいのかを考える.公共工事の発注制度はコンピュータや戦闘機の購入などの他の分野の公共調達と同様に,会計法・予決令の一般的枠組みの中にある.したがって,印刷業,軍需産業,コンピュータ産業などの公共工事以外の分野でも問題は基本的に同じである.
本稿の構成は以下のとおりである.
第2節では,わが国の調達システムの特徴を概観し,その問題点を指摘する.次に,第3節では中央建設業審議会の特別委員会の提言の内容をごく簡単に紹介する.
第4節では公共調達制度を設計する際の目標となる「コスト」,「品質」,「腐敗防止」などを簡単に議論し,第5節で,政策目標を実際の調達プロセスにおいて実行するための具体的な仕組みを考える.ここでは,品質を確保したり不正行為を防止したりするための審査を,どの時点で,どのような形で導入するかという点が焦点になる.第6節では,公共部門の調達が民間部門の調達と異なるのはどういう側面であるのかを考える.
第7節では,わが国の公共調達の改善のための最大の課題である談合対策を考える.談合が排除されて企業間の価格競争が激しくなれば,品質の維持について格段の配慮をしなければならなくなる.次の第8節では,品質の確保のためにはどのような対策が必要かを考える.品質が問題になる調達においてはなんらかの審査が不可欠であるが,審査の導入は発注者の裁量権を産み出し,その結果,発注者の不正行為や政治家の介入を招く可能性がある.第9節は,このような腐敗を防止するためにはどうすべきかを考える.
以上の議論を踏まえて,第10節では21世紀に向けて特に重要であると思われる調達システムの改善策を整理する.