第8章
首都機能移転の効果
金本良嗣

要約

 1990年には国会及び政府機関の移転が国会で決議され,遷都推進論がモメンタムを得たようにみえる。首都機能移転が具体的に動きだしたわけではないが,1992年の6月には国土庁の『首都機能移転問題に関する懇談会』が移転の方法に関する報告書を取りまとめている。しかし,東京都などは遷都への反対を明らかにしており,根強い反対も存在する。ただし,現状では遷都賛成論も反対論もムード的な議論に留まっていて,遷都が国民全体にとって望ましい効果を持つのか否かについてのきちんとした分析は存在しない。残念ながら,遷都の是非の問題に決着をつけることができるだけの都市経済学の研究の蓄積は現段階では存在しない。この章の目的は,遷都の費用便益分析の準備として,遷都の是非をどのような枠組みで考えればいいのかを整理することである。

 首都機能移転が国民全体にとって本当に望ましいのかどうかを判断するためには,その社会的費用と社会的便益を比較する必要がある。しかし,遷都のような大プロジェクトは様々な波及効果を持つので,費用と便益の計測は容易でない。例えば,遷都を行うと東京への中枢管理機能の一極集中がなくなり,多極分散型の国土構造になるかもしれない。そうすると,現在の東京の都市規模を前提に遷都の費用便益分析を行ったのでは意味がない。また,首都機能をまったく新しい新都市に移転すると,政府と民間企業が現在のように頻繁に意思の疎通をすることができなくなり,欧米型の距離をおいた関係に近くなるかもしれない。そうすると,企業の行動様式が変化し,生産活動にも変化が生じるであろう。このような変化が望ましいのかどうかについても様々な意見がありうる。この章では,遷都が都市構造の変化に及ぼす影響まで考慮に入れて,遷都の効果を検討する。遷都が政府・企業間関係や企業の行動様式に与える影響については明示的に分析することはしないが,これらの効果は生産関数の形の中に暗黙的に入っていると解釈できる。

 首都機能の移転には様々な形態があって,東京大都市圏内部の郊外都市(例えば,大宮や八王子など)に移転するケースと,東京圏から離れた場所に移転するケースとでは都市構造に対する効果は大きく異なる。東京圏内の首都機能移転は東京一極集中を変える効果は小さいものと思われるが,圏外への移転は大きな効果を持つ可能性がある。現在議論されている首都機能移転は東京都心から60km以遠の場所を想定しているので,ここでも東京圏の外に首都機能を移転するケースを中心に考える。

 遷都を行わなくても,中央省庁の持つ権限を地方に委譲すれば東京一極集中の解消が可能であり,その方が遷都より社会的費用が小さいとの議論がある。この議論は間違いではないが,堺谷太一氏が強調しているように,権限の地方分権化のような「制度」の変更は,遷都のようなハード面での変化よりも困難である。数十年にわたって地方分権化が唄われてきたにもかかわらず,逆に中央省庁のコントロールが精緻になる一方である。制度の変化は現状を維持している様々な圧力団体の力の均衡が崩れなければ不可能であり,そのような変化を起こさせるためには外国からの外圧や遷都のような大きなハード面での変化が必要であるのがわが国の現状であると思われる。ここでは,中央集権的な構造が変わらないと仮定して,遷都の効果を分析する。

目次

1.はじめに

2.遷都の費用便益分析:直接効果と間接効果

(1)新首都建設費用と移転費用

(2)移転跡地の利用による便益

(3)コミュニケーション費用の増加

直接効果の純便益

間接効果

3.都市規模分布の国際比較

4.都市規模の決定メカニズム

4.1.集積の経済と不経済

集積の経済

首都機能(公共財)

集積の不経済

集積の経済・不経済と政府介入の必要性

東京集中の原因

4.2.都市規模決定の理論モデル

5.最適都市規模

5.1.集積の経済とピグー補助金:最適都市規模

5.2.ヘンリー・ジョージ定理:最適都市数

5.3.都市圏地価総額

6.首都機能移転の効果の理論的分析

6.1.ピグー補助金のもとでの首都機能移転の効果

6.2.ピグー補助金が存在しないときの首都機能移転の効果

6.3.首都機能移転によって多極分散が起きるケース

7.おわりに

参考文献