2.問題点

 現在の我が国のシステムは、その様々な構成要素がお互いに補完的であることもあり、社会・経済の変化に柔軟に対応することが難しい体質となっている。その結果、社会・経済情勢の変化に伴って、行政や民間の活動において様々な問題が表面化してきているとともに、高物価・高コスト体質など、これまでの行政活動に伴う負の遺産も顕在化してきている。行政活動や民間活動の在り方を一刻も早く見直すことが必要不可欠な状況となっている。
 これまでに生じた社会・経済情勢の変化やそれに伴う行政や民間の活動における問題点を整理すると次のとおりである。

(1) 社会・経済情勢の変化

 戦後50年が経過して、多くの産業が世界のリーダーに成長するとともに、物質的に豊かな国民生活が実現され、我が国は、今や世界のトップレベルの経済力を備えたフロント・ランナーとなった。
 このため、行政の関与による資源の配分にかわって、民間の創造力が活力の源泉になりつつあるとともに、市場の間口も奥行きも充実し、市場を通じた資源配分への信頼が増してきている。その一方、成長によるパイの大幅な増大が期待できなくなってきたことから、所得分配の問題は重要性を増している。
 さらには、国民の目標、価値観、意識が多様化し、国民は、生産者としての意識に加え消費者としての意識も強く持つようになってきている。
 他方、半世紀前には想像もできなかったような変化も起こりつつある。例えば、国際化の進展により、我が国の社会・経済のシステムと国際的なシステムとの整合性が問われるようになってきている。特に、我が国の市場のルールが不透明・不合理であれば、ルールが透明・合理的な国へ取引がシフトしてしまう状況すら生じている。
 人口の高齢化も急速であり、介護問題への対応、労働生産性の向上等が要請されるなど、高齢化に対応して経済や社会の枠組みを変革していく必要性が生じている。
 また、情報化、ネットワーク化の進展により、世界の最先端情報を即座に入手できるようになったことから、単なる情報革新だけでなく、政治・経済・文化などのあらゆる面で革新が生まれつつある。

(2) 社会・経済情勢の変化に伴って生じた行政活動及び民間活動の問題点

 こうした社会・経済情勢の変化に伴い、行政と民間のそれぞれの活動に対して指摘されている問題点を整理すると、次のとおりである。

  1. 行政活動の問題点

    (a) 行政における情報の優位性の低下

     ポスト・キャッチ・アップの時代に入る中で、民間が十分な発展と成長を遂げており、もはや目指すべき方向を容易に知る方法がなくなっている。その結果、実際に事業に携わり、試行錯誤を重ねている民間よりも、行政の方が常に優れた全体的展望を持ち得るとは限らなくなっているばかりか、逆に、誤った判断を行う可能性も生じてきている。しかも、行政活動の影響は広い範囲に及ぶため、行政の失敗は、全面的なものになるおそれも大きい。
     また、国民の目標、価値観、意識やニーズが多様化する中で、行政における情報の優位性が低下し、行政による利害調整や政策誘導の有効性が大幅に低下し、逆に民間活動の制約要因となっている場合も存在している。
  2. (b) 多様化への対応の遅れ

     不確実性の高い時代においては、試行錯誤の中から時代に合った解決策を作り上げていかなければならないが、行政は一元的な決定を行いやすく、同時並行的な実験によって社会的に有用な解決策を識別することが困難であるという側面がある。
     また、行政が事業活動を行う場合、詳細にわたり、国会・行政の承認が必要なため、技術革新の速さや国民のニーズの多様化への対応が不十分な場合もある。

    (c) 行政活動の肥大化とチェック機能の欠如

     法律の執行に当たって行政の裁量の余地が大きく、さらに、行政指導という形で法律で予定されていることを拡大解釈して行政活動が行われている面があるなど、結果的に行政の権限が過大となっている場合がある。
     また、行政自身によるチェック機能も、政策の実施と監視が同一の組織で行われているなど、必ずしも十分に働いているとは言えない状況にある。
     行政の活動をチェックすべき立法や司法について、現状ではその役割が十分に果たされているとは言い難い。民間が行政の活動をチェックするのに要する異議申し立てのコストも大きくなりすぎているとの指摘がある。
     これらの結果、行政が三権の中で突出しているかのごとき感を与えている。

    (d) 民間活動との競合

     民間部門が既に相当程度成長しているなど民間でも実施可能となった分野について、行政がなお市場から撤退せず、民間の参入を阻んでいる場合が見られる。
      

    (e) 財政赤字の拡大

     行政の活動範囲の拡大が、国家財政及び地方財政の危機的状況にもつながり、財政赤字及び政府累積債務は悪化の一途を辿っている。

  3. 民間活動の問題点

     上述した行政の問題点は、民間と比較した相対的評価であって、民間自体の現時点における効率性・自立性を高く評価するものではない。過剰な行政の関与が民間の自立を阻害している部分も少なくないが、同時に、民間の側に、「お上」意識や政府への依存体質が存在している場合も多い。これらの結果、民間の自己責任意識が希薄となり、社会的責任の自覚や自助努力の意識が十分に育っていない面がある。とりわけ、規制産業、保護産業に関しては、この面の問題が大きい。

  4. 行政活動と民間活動の双方が直面している問題点

    (a) 高物価・高コスト体質

     行政が民間の活動に過剰に関与してきたことから、我が国の経済構造が高物価・高コスト体質になるとともに、民間の創造的な活動が抑制され、新しい産業分野の発展が阻害されている。

    (b) 消費者・需要者重視への対応の遅れ

     生産者という側面に加え、消費者としての側面を重視する必要があるにもかかわらず、生産者・供給者重視の政策から消費者・需要者重視の政策への転換が十分に行われていない。特に、1980年代以降は、これまで規制産業といわれてきた分野においても、国際化や自由化が進展し、国内産業の保護・育成を中心にした生産者・供給者重視の考え方が通用しなくなってきている。
     また、業界団体等を通じた行政行為について、責任の所在が不明確になるという弊害が発生しているとの指摘もある。

    (c) 国際化への不十分な対応

     経済のグローバル化に伴い内外での市場競争が激化してきているにもかかわらず、生産性の低い産業部門の温存を図るなど、国際化に対応した行政が十分に行われているとは言いがたい。また、国際化の進展に伴い、政策決定過程の透明化、企業財務の情報公開等が必要になっているにもかかわらず、対応が不徹底となっている。この結果、我が国のシステムがグローバル・スタンダードと乖離し、我が国の市場がローカル・マーケット化する懸念が生じている。

    (d) 新たな不公平の発生

     国民には職業など一般に選択の自由が存在することから、市場原理が機能するようになるに従い、職業などを理由とした所得再分配の必要性は減ってきているにもかかわらず、それが継続される過程で所得再分配が既得権益化していると考えられる。

    (e) 高齢化・少子化の進展

     高齢化・少子化が急速に進展しているにもかかわらず、健やかな老後生活の保障、安心して子供を産み育てられる社会の実現、労働力制約への対応が十分ではない。また、高齢化・少子化対策が総合的な観点から十分に行われているとは言いがたい面もある。

    (f) 行政への不信感の増大と行政の民間不信

     国民本位であることが、ややもすれば、ないがしろにされてきたこともあって、行政の意思決定システムが十分に機能せず、問題を早期に解決することが困難となっている面もある。こうしたことから、行政に対する国民の信頼は失われつつあり、同時に、行政の側にも民間不信の姿勢が根強く残っていることから、行政と民間の相互不信が高まっている。

次へ 戻る 目次