2.行政の関与を見直す際の基本的考え方

 我が国が直面している問題点を解決し、不確実性の高い時代に対応していくためには、行政の関与を抜本的に見直すことが必要不可欠である。そこで、見直しに当たって考慮すべき三つの基本的考え方を以下に示す。
(1) 市場原理の優先

 第一に、「民間でできるものは民間に委ねる」という考え方に基づき、行政の関与を必要最小限にすることが重要である。
 競争を通じた市場原理は、次のような利点を持った優れた仕組みである。
 まず、資源配分の側面では、より少ない費用で高い品質を供給する企業を選別し、非効率な経営を淘汰するといった規律を生み出す機能、生産費用や消費者の利便性などの情報を価格を通じて伝達する機能、経済全体で必要な財・サービスが必要な量だけ生産されるよう無数の企業活動を調整する機能などを持っている。
 また、インセンティブの側面では、品質改善や組織改革によって超過利潤を得ようとする動機付け(モティベーション)を与える機能、各企業の活動や組織規律を証券価格などを通じて審査・伝達する機能などを持っている。
 さらには、市場は何人にも参加の機会を提供しているという意味で、市場原理は機会均等の観点からも、優れた仕組みであるということができる。
 これまで、行政は、市場を通じた競争だけでは、所得分配の不公平性が発生する可能性があることや、一定の条件のもとでは資源配分の効率性をも実現できないといういわゆる「市場の失敗」を理由に活動を行ってきた。
 しかし、産業の発展、産業インフラの整備などにみられるように、近年、我が国の市場は成熟してきており、規制緩和の進展等も踏まえると、市場原理に委ねることが可能となる分野が増え、行政の関与の必要性はかつてに比べ低下してきている。
 また、国際化の進展に伴ってグローバルな競争が行われるようになり、市場原理が理想的に機能する環境が整い始めている。
 これに加え、今や市場原理に委ねることが経済システムの国際的な標準になっており、これから乖離することのコストは大きくなっていると考えられる。
 他方、行政の関与については、「行政関与の在り方に関する基準」に述べた問題の他、行政活動のための財源調達が資源配分の歪みを生み出すため、その社会的コストは民間資金よりも高く、また、民間企業の生産費用や研究開発状況などについて情報劣位にある政府が資源配分に関与することは、しばしば社会的に望ましくない資源配分を引き起こすなどの政府の失敗が指摘されている。
 以上のことから、「市場の失敗」が存在し、市場を補完して、効率的な資源配分と公平な所得分配を実現するという役割が行政に求められていることは否定できないが、市場原理は、極めて優れた仕組みであり、一方で、政府が市場の補完を行う場合、かえって効率性や公平性を損なうおそれがあることを考えると、行政活動の範囲を可能な限り狭く限定する必要がある。
 例えば、市場に関する十分な情報がない状態での行政の関与によって、1)効率性の低下による弊害(資源配分上、過剰または過少なサービス提供となって国民経済的な資源配分が非効率、つまり資源配分に無駄が生じている場合、緊要性の低いプロジェクトに対して資源が配分されている場合、逆に真に施策を必要とするにもかかわらず、資源が配分されていない場合、民間のイノベーションを阻害している場合など)、2)所得再分配における弊害(再分配の既得権益化、過度の再分配による非効率の発生など)、等が生じる可能性があるという点に留意する必要がある。
 今後、市場原理の活用によって、我が国の経済や社会のシステムの効率化が進めば、社会・経済情勢の変化に的確に対応することも可能となる。

(2) 国民本位の効率的な行政の実現

 第二に、「国民本位の効率的な行政」を実現するため、行政サービスの需要者たる国民が必要とする行政を最小の費用で行うことが重要である。
 民主主義社会においては、主権はあくまでも国民にあり、行政は国民からの負託に基づいて、市場の失敗を補完するために行政活動を代行する存在である。しかし、行政組織の場合、競争による淘汰を通じる市場規律や、より効率的で質の高いサービスの提供によって、自らの利潤や報酬を高めようというインセンティブが存在しないことから、負託者である国民のコントロールが有効に機能しない可能性が常に存在する。
 さらには、行政活動の内容を決める要因が複雑であることから、自らを制御し、拡大した行政活動を縮小することは容易でないという面が存在していることも、効率化インセンティブを発揮しにくい理由となっている。
 また、行政における裁量の余地が大きい場合は、それが小さい場合に比べて、既得権益が発生する可能性が高い。また、社会全体の利害よりも特定の利害を優先した決定が行われる可能性も否定しえない。
 このほか、行政が事業的活動を行う場合、その詳細にわたり、国会・行政の承認が必要な場合も多く、技術革新、商品ニーズの変化の対応のスピードが非常に速い現代社会に対応できないこともある。
 これらの点は、経営者の報酬が利潤に依存するために、経営者に対する株主のコントロールを競争原理が補完していることもあり、株主などの企業関係者の負託に基づいて、関係者の利害が経営に反映されやすい企業組織の場合と大きく異なる部分である。
 従って、行政活動を遂行するに当たっては、国民のコントロール、組織・業務の弾力性、効率性、サービスの質などのバランスを図ることが極めて重要である。

(3) アカウンタビリティの確保

 第三に、アカウンタビリティ(説明責任)の確保が重要である。行政活動は、先に述べたとおり、それを負託した国民のために代行しているのであり、行政は、国民に対して、事前・事後の両面で、その活動の内容や行政が関与する理由を積極的に説明するという責任を負っていることを強く認識しなくてはならない。行政活動の適否に関する「挙証責任」は、行政自体が負っているのである。
 その際、便益と費用の総合評価は、政策決定の透明性を高め、政策に関する議論の基礎を築くとともに、情報公開のための一つの重要な手段となる。
 また、国民に分かりやすく示すためには、可能な限り数量的評価を行うことが必要であり、その際、行政活動の内容に応じて、事前の推計値、事後の実績値、試算根拠などを明らかにしたり、代替的な関与の仕方について数量的評価を行うなど、第三者がその結果を評価できるようにすべきである。
 このほか、個々の行政活動についてだけではなく、各産業なり、社会グループ(所得階層、世代別など)ごとに、行政活動(特に所得再分配効果を持つ活動)から受けている利益(保護の程度など)と、(例えば、高物価という形で)負担させられている費用を比較するという広義の方法も検討しておくことが必要である。
 なお、仮に行政の活動が民間の活動よりも効率的であったとしても、行政が活動の場を縮小することにより、民間のさらなる活性化へとつながるなど、副次的効果も生まれると考えられることから、便益はそのための費用を上回る可能性もある。このことから、行政の関与により効率性が一時的に高まることが期待される場合であっても、社会全体としての観点や長期的な観点から、費用と便益を評価する必要がある。

 最後に、全ての原則に共通するものとして、社会・経済の変化を可能な限り行政に反映させるために、定期的かつ積極的に施策や業務の見直しに取り組むことが挙げられる。
 そのため、定期的な見直しの実施に当たっては、行政活動を行っている各機関が自らの個別業務について見直しを行うことは当然のことながら、全体のシステムを念頭に置きつつ、複数の機関にまたがる施策・業務については、その関係する機関が共同して見直すことも必要である。


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