3.行政の関与の可否に関する考え方

 これまで行政の関与が認められる分野は、大別して二つあると考えられてきた。一つは、資源配分上の「市場の失敗」、すなわち市場による資源の配分が必ずしも効率的でないことへの対応であり、もう一つは、公平の確保、すなわち市場で実現される所得や富の分配において生じた不公平の是正である。
 以下、資源配分上の市場の失敗と公平の確保への行政の関与の在り方について、われわれの基本的考え方を示すこととしたい。
(1)資源配分上の市場の失敗

資源配分上の市場の失敗と呼ばれる市場メカニズムの限界については、

  1. 仮に市場機構が理想的に機能したとしても生じるもの
  2.  
  3. 現実の市場機構に未発達な部分や機能不全な部分があり、そのために生じているとみられるもの
の二つに区別する必要がある。

 前者については、主として、公共財、外部性、独占力・自然独占等が挙げられ、後者については、行政による市場への直接参加では問題の本質的な解決は行えず、むしろ市場の整備・監視等が重要であると考えられる。しかし、これらについては、必ずしも行政が関与しなければならないわけではなく、民間でできないかをよく吟味する必要がある。

この他、特に留意すべき点は、以下のとおりである。

  1.  公共財の供給については、民間に委ねることが難しいものの、逆に言えば、それだけ供給量の最適性の評価が困難なため、無原則に拡大するおそれがあることに留意する必要がある。
     なお、情報については、一度生産されるとだれでも使うことができることから、公共財的性格を持つと考えられ、したがって、行政の関与が正当化できる場合があるが、それと同時に、民間が代替できるかどうか不断に見直すことが必要である。

  2.  経済活動が行われる場合、ある特定の個人や企業の活動が市場を直接経由しないで便益や損失を他人や社会にもたらすことがある。こうしたケースを外部性を帯びている、あるいは、外部効果があると呼んでいる。このような状況の下では、社会的な便益や損失が明示的に評価されないために、それらは価格に反映されず、市場における資源配分が適切なものとはならない可能性がある。
     外部性が存在する場合には行政の関与が認められることがある。このうち、社会に損失をもたらす「負の外部性」については、認識が比較的容易であり、しかも、民間による是正を期待し難く、行政の関与の必要性が明らかな場合が多い。ただし、「負の外部性」については、民間で対応できるケースがあることにも留意する必要がある一方、社会に便益をもたらす「正の外部性」については、外部性が存在するか否かの解釈に幅があるが、所得再分配との識別が困難なケースも存在することに留意する必要がある。

  3.  大規模インフラの整備については、規模の経済が働くことから、行政の関与が認められる場合がある。しかしながら、最近では、海外の企業との間で競争が生まれており、独占・寡占企業でも競争原理が働く要素が大きくなっていることから、行政が市場に直接参加するよりも、可能な限り民間活動に任せる方向で検討すべきであり、必要があれば規制を課すといった対応を考えるべきである。

  4.  公共財的な性格を持つ市場ルールの形成については、慣習的レベルのルールと法制レベルのルールを分けて考える必要がある。
     慣習的レベルの市場ルールは、様々な可能性の中から市場に適合したものが民間の競争によって選択される場合が多く、行政の役割は、こうした慣習的レベルでのルールを法体系の中に位置づけることでそのルールを堅固なものとすることにあると考えられる。こうした行政と民間の活動分担による市場ルール形成は、今後、ますます重要性を増していくものと思われる。
     また、市場ルールの制定においては、供給者または需要者の一方の意見が強く反映される傾向も見られることから、法制レベルのルール形成についても、様々なチャネルを通じて、国民の意見が十分に反映されるような工夫を行うとともに、行政の裁量の余地を小さくすべきである。

  5.  市場の監視については、慣習的なレベルの市場ルールに対して、競争制限的であるか否かをチェックする機能が求められる。また、法制レベルのルールに基づくチェック機能は、最終的には司法が担うべきであるが、迅速かつ専門的な観点からのチェック機能については、市場取引に直接利害関係がない第三者機関が担っていくことが重要であると考えられる。

(2) 公平の確保に関する基本的考え方

  1.  資源配分上の市場の失敗と並んで行政の関与が認められるもう一つの根拠は、公平の確保であるが、公平には機会均等の確保による「事前の公平」と、所得・富の再分配による「事後の公平」の二つがある。
     公平の確保のためには、これらのうち前者の機会均等の確保を第一とすべきであり、そのための行政の役割は、市場において機会均等が担保されるようにすることである。その理由は二つある。一つは、機会均等の確保は、能力と努力に応じた公平な所得分配をもたらすことに寄与するとともに、労働意欲を阻害せず、効率性の向上にも貢献することである。もう一つは、機会均等の確保を通じて国民一人ひとりの自立や尊厳が尊重されることである。従って、公平の確保に当たっては、行政はまず第一に、職業選択の自由、居住及び移転の自由、教育を受ける権利、勤労の権利などの機会均等の確保に努めるべきである。その際、これら機会均等の原則を単に形式的に満足するだけでは、かえって一部国民の尊厳が損なわれることが考えられるので、機会均等が実質的な意味でも確保されるよう配慮することが重要である。とはいえ、機会均等の原則の実質的な確保を理由として行政活動が無原則に拡大するおそれも存在するので十分注意する必要がある。
     機会の均等(事前の公平)が確保されても、所得・富の再分配によって事後の公平を確保する必要性がなくなるわけではない。ただし、そうした場合にも、社会的な公平の確保と最小の行政関与という観点から、普遍的な再分配政策を優先すべきである。また、再分配の程度が過度になって、努力のインセンティブを損なわないように注意すべきである。さらに、機会の均等(事前の公平)に対する制限がきわめて少なくなり、実質的な機会の均等も確保されつつあることを考慮すれば、所得・富の再分配(事後の公平)を確保する必要性は、従来と比べて小さくなっていることにも注意すべきである。
     いわゆる「弱者」保護を理由とし、普遍的な再分配政策に併せて導入・実施される様々な個別補助施策は、社会・経済の著しい変化にもかかわらず、「弱者」の概念が固定化し、特定受益者の既得権益化、さらには行政の硬直化をも招きかねない。以上のような理由から、公平の確保を図るための行政の関与については、機会均等の確保によって事前の公平を図ることを第一とし、所得・富の再分配によって事後の公平を図る場合には、普遍的な所得・富の垂直的な再分配政策に原則として限定すべきである。それ以外に事後の公平の確保という観点から、特定の主体を対象に補助を行う場合は、憲法第25条に定める「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために真に必要な範囲に限定し、社会・経済の変化に応じて常に補助対象者(有資格者)の見直しを行い、真の「弱者」を対象とした施策に重点化すべきである。その際にも、真の「弱者」を判定・選別するための資力調査や資格審査については、それに要する行政費用の規模、調査・審査を受ける側の人権の問題に十分配慮すべきである。弱者に対して特定の財・サービスを提供したり、特定の財・サービスの購入を条件として支払われる補助(ベネフィット・イン・カインド)を行う場合は、過度に高い品質の財・サービスや過度に廉価な価格付けを行って、真の弱者以外の国民が需要したり、民間の経済活動を圧迫したりすることのないよう配慮する必要がある。
     さらに、こうした公平の確保への行政の関与の可否の判断に当たっては、その前提として、可能な限り所得再分配の状況を数量的に分析し、その情報を広く国民に提供していくことが必要である。こうした情報の提供は国民が行政をチェックする際に不可欠なものである。

  2.  これからは、各地方自治体が創意工夫を凝らし、質的な面で競争が促進されることが求められる。例えば、質のより高いサービスを行う自治体が現れれば、他の自治体もそのサービスを真似るようになるし、住民や企業がその自治体に住所を移す可能性さえも生じ、それによって、長期的には地域格差が是正されることも期待される。また、地域間の格差是正を目的とした所得再分配施策を恒久的に行うと、地域の自主性を阻害することに留意する必要がある。
     なお、地域間の所得再分配効果を持つ施策の一例である「全国あまねく公平に財・サービスの供給を行うユニバーサル・サービス」については、民間だからといって必ずしも実現できないものではなく、現にユニバーサルなサービスを提供し、消費者から支持されるものも存在していることを認識する必要がある。
     また、事前的な参加機会の制限が極めて少なくなっている現在の状況では、「すべての国民にあまねく公平に」というユニバーサル・サービスの社会的意義は低下し、必要がない場合も多くなっていることに留意する必要がある。

  3.  我が国の将来をある程度見通すことができたキャッチ・アップ過程と異なり、不確実性が高まってきている今日、行政が特定の産業を指定し、その産業を助成する方式は今や意義が失われつつある。しかも、特定産業に対する助成は、それが行き過ぎれば、民間の活力を阻害するおそれも有している。

  4.  若年世代と老年世代との間や、現在の世代と将来の世代との間で行われる所得再分配効果の強い施策については、その決定に発言権を持つべき世代の意見が反映されにくいことから問題が生じる可能性があることに留意する必要がある。


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