12 医療・福祉
戦後の社会保障制度は、国民皆保険・国民皆年金や補助金制度に代表されるように国(行政)による強力な統制・保護の下にその制度が構築され、国民に平等な給付やサービスを提供することが社会的にも最も望ましいとされ、その結果諸外国に比べて引けをとらない医療、年金等の社会保障水準が確保されてきた。
その反面、行政の不透明化や社会的入院、薬害などの社会問題が生じている。しかも現状の社会保障制度の枠組みのままでは、少子・高齢化の進展と経済活力の維持とを両立させることは困難である。新たな社会保障制度への転換を展望すると、効率性、コスト意識や競争意識の醸成、官民の適切な役割分担、消費者主権の確立と消費者保護、情報公開などの新たな価値基準による既得権を超えた制度の在り方について踏み込んだ改革が早期に必要である。
委員会においては、医療・福祉サービスの供給構造を、民間活力の導入も含めて効率的で競争的なものに是正していく必要があるとの観点から、医療・福祉全般についての論点について検討を進めてきた。医療・福祉制度には、現行の仕組みそのものの改革が求められる問題が多くあり、その改革は、規制緩和という手法のみでは限界があるものの、規制の必要性や効果という観点から見て存在理由の乏しいものについては見直し・撤廃を視野に入れて幅広く取り上げてきた。また、消費者主権の考え方に立って、情報公開にも力点を置いた。
政府においては、 第1次意見及び第2次意見において取り上げたテーマのいくつかについては既に規制を見直すか、または、見直しに向けた対応に着手し、前進がみられるものもあり、時代の要請に応えた行政の意識の変化には評価すべき点もある。しかし、実態ではいまだ従来の規制が維持され、国民の選択肢を狭めている制度が残っている。
政府は現在、与党医療保険制度改革協議会の報告を踏まえ、医療提供体制、診療報酬制度、薬価制度、老人医療制度等医療制度全般について抜本的な見直しを進めているが、委員会はこうした動きも注視しつつ、制度を透明性の高い、効率的なものとしていくために、これまでに意見を述べてきた監視事項とともに、更に今後規制緩和が必要と考えられる事項について意見を述べる。
【第1次意見及び第2次意見の実施状況】
(1) 企業による病院経営
委員会では、医療分野においても他の産業と同様、多様な経営主体が参入し、競争的市場の下での経営革新を医業経営にもたらすことが、経営の近代化やサービスの改善に大きく寄与するとの認識に立って、第1次意見及び第2次意見を通じて、企業による病院経営への参入を検討すべきと指摘した。この間、医療の倫理を欠いた医療法人による過剰な診療問題や不正請求、あるいは経営理念なき乱脈経営など病院経営問題に関連する問題が次々に現れてきている。医療経営において不正を排除し、医療の理念を実現し、医師の倫理を確保するため、経営主体を医療法人に制限することではなく、むしろ医療機関への監視強化やDRG(注)の導入、病院機能評価といったサービス自体の標準化や質の確保策が講じられなけばならない。
第2次意見においては、技術発展によって医療機能が複雑化し、その規模が巨大化し、加えて医療保険財政の困窮もあって医療機関経営が難しくなっていることに鑑み、
との見解を示した。
一方、医療における効率化・競争原理の導入により企業が参入する場合、
等の懸念が示された。
これを受け、政府は、昨年9月医療審議会に設置された「医業経営と患者サービス向上に関する小委員会」での議論を踏まえながら、検討を進めている。
医療法人の理事長要件の緩和については、再改定計画においては本年度中に措置することとされたが、今後の厳しい医療経営の環境下で経営の効率化等を図るため、広く医師以外にも人材を求めるという視点で対応すべきである。
また、企業による病院経営については、現在検討が進められている医療保険制度や医療提供体制の抜本的見直しの状況を踏まえつつ、検討すべきである。
(注)DRG;Diagnostic Related Groups(診断関連群)のことで、23の疾病診断大分類を基に、手術や合併症等の有無により520あまりのグループに分類して、実際にかかった費用と関係なく定額で包括的に払う仕組みのこと。
(2) 広告規制の緩和
患者が医療機関を選択する上で、情報公開の役割は大きい。広告は医療法により、現在、診療科名、診療日、入院設備の有無、予約に基づく診察の実施、訪問看護の実施等に限られている。広告規制の緩和については第1次意見において指摘し、政府は医療法を改正した(本年12月9日、以下「改正医療法」という。)改正医療法により新たに認められた広告は「療養型病床群の有無」「紹介先の病院又は診療所の名称」であり、このほか厚生大臣告示において認められる広告として、病床数、個室や2人部屋の数等病室の状況、医師や看護婦等職員の人数、利用料金(室料差額、おむつ代等の保険外負担)等が検討される予定であるが、これらは患者に対する情報提供の充実を図る上で評価される。しかし、現状では、なお患者が医療機関を選択する際の必要性という観点からは、十分でないところがある。
患者は、自分の病状や自分が受けた医療について理解できる情報を受ける権利がある。我が国においてはこの認識が極めて希薄であり、医療の様々な面での情報公開が迫られている。そうした意味で、改正医療法において「インフォームド・コンセント」が努力義務として義務付けられることとされた意義は大きいが、インフォームド・コンセントが、患者の立場に立って適切に行われるよう、カルテ情報の開示についての検討も含め、その円滑な実施・普及に努めるべきである。併せて、患者も自ら医師に対して積極的に情報提供を求めていくべきであり、そのための患者に対する啓発の方法・手段を検討していく必要がある。
また、医療機関の広告については、少なくとも「医師の専門分野を明示できるよう学会における認定基準の明確化・統一化を図った上での専門医資格の有無」、及び「効率的な医療サービスの提供を図るための第三者機関による医療機能評価の結果」について広告できる事項として検討すべきである。
今後とも、広告規制は客観性・正確性を確保しつつ、患者の選択を可能にすることを第一義に置いて、引き続き見直しがなされることを期待する。
(3) 企業の指定訪問看護事業への参入
指定訪問看護事業は、疾病、負傷等により家庭において寝たきりの状態等にある老人医療受給対象者等に必要な看護サービスを提供するものであり、介護保険制度(法律は本年12月9日成立、平成12年4月1日施行)が創設されるとさらに進展が期待される事業である。
第1次意見においては、介護保険の趣旨である利用者のサービスに対する自由な選択と民間活力の導入をより実効あるものとするため、訪問看護事業について、社会福祉法人や医療法人等の公共的主体に限定されている現行の制度を見直し、「企業の指定訪問看護事業への参入に向けて、早期に検討を進めるべきである」との見解を示したところである。これを踏まえて、再改定計画においては、介護保険法案成立後、審議会への諮問等所要の手続を経て、できる限り早期に実現することとされた。今後の実施に向けた検討に当たっては、業務の簡素化のため、主治医から受けるべきこととされている訪問看護指示書の各月の発行について、期間の弾力化(延長)を図るとともに、民間企業に対して特別な参入条件等を設けるべきではない。
(4) 病床規制の見直し
病床規制は、国民の医療ニーズ等に応じて整備されるべき必要病床数を基準にして、病床の増加を抑制する一方、病床不足地域における病床の整備を促進することにより病床の適正配置を図るとともに、国民医療費の増大を抑制することをねらいとしている。
しかしながら、人口10万人当たりの病床数を都道府県別に見ると、いまだ3倍近い格差が存在しているのが現状である。
病床が急性期と慢性期と未分化のまま漫然一体として整備されるとともに、一方で、福祉施設の介護用ベッドが極めて不足しているため、また、在宅の介護支援体制が未確立のため、介護用ベッドを利用することができない高齢者等を病院が受け入れるいわゆる「社会的入院」が大規模に発生している。第2次意見においては、こうした社会的入院の是正を行わないまま、病床全体について規制を課しているのは合理的でないばかりか、病床が既得権化し競争が行われていないという判断に立って、
との見解を示した。
その後、委員会は、「必要病床数」の定義自体が適正な病床配置を妨げているという見解に立ち検討を進めてきた。その過程において、病床規制の実施自体が「地域間の不均衡」を残存させているとのより大きな課題があると認識するに至った。このため、病床規制については、以下に示すような方向でさらに検討を進める必要がある。
第一に、社会的入院の解消と病床数の適正化に関しては、政府において、急性期病床、慢性期病床の区分や必要病床数の算定方式などについて検討会が設置され、委員会の提言を踏まえた検討が進められている。
社会的入院を解消し、病状に応じた効率的な医療の提供を図るためには、介護保険制度の創設を踏まえ、在宅・施設両面にわたる介護サービス基盤の充実による社会的入院の解消を図るとともに、地域医療計画において区分して算定されることとなる急性期病床、慢性期病床については、それぞれのニーズを踏まえた適正な病床数となるよう、現行の必要病床数の算定法式を改める必要がある。
第二に、必要病床数の枠内での新陳代謝の促進に関しては、政府は委員会の意見を踏まえ、特例病床の取扱いについて検討を進めている。また、医療提供体制に関する抜本改革案においては、病床数の適正化を図るため、医療機関の開設許可の在り方を含め、医療法の見直しについても検討することが打ち出されている。
その際には、例えば、既存の病床であっても、現に勤務している医師等の数が人員配置基準を下回っている場合や長期間空床となっている場合には、その病床を適正な数に削減することができるような方策を検討すべきである。こうした制度的な見直しを通じて既存の病床が固定化されることなく、必要病床数の枠内での新陳代謝の促進が図られるものと期待される。
病床規制については、これらの見直しを進め、地域間格差の是正に向けて、医療提供体制を良質かつ効率的なものとする必要がある。
なお、医療費の適正化を図るに当たっては、例えば、地域単位での効率的な医療費抑制策として、都道府県の医療保険財政上の責任を明確にし、医療費の水準が地域住民の財政に反映されることにより、地域住民の側から抑制インセンティブを期待するシステムを導入するとともに、都道府県が特に高次病院について平均在院日数や紹介患者率などの目標値を作り、その実績を比較することにより、包括料金や補助金へ反映される医療費支払い方式を導入することなどについて検討することも考えられる。
(5) 薬価の在り方
薬価基準は、保険医又は保険薬剤師が使用できる医薬品の範囲と使用した医薬品の保険による支払い価格を規定したものであり、中央社会保険医療協議会(以下「中医協」という。)で決められた一般的ルールに基づいて厚生大臣告示により、銘柄別又は規格別に定められている。薬価の決定に当たっては、中医協の建議等に基づき、類似薬効比較方式を基本として、先発の類似薬との比較において、有用性、市場規模等の評価に基づき決定される。しかしながら、実務的には価格付けは、薬価収載の際に製薬メーカーと行政との交渉によりなされるのが通常であり、どのような評価で価格付けがなされたかという点については、国民には明らかにされていなかった。
また、医薬品を使用する医療機関との関係で見ると、薬価は公定価格であるために、卸との交渉の結果による医療機関の実際の購入価格と薬価との間には乖離があり、1兆円を超える薬価差益を生み、これに依存した医業経営につながっている。こうしたことが国民医療費の3割弱を占めるという、国際的にみても極めて高い医薬品の使用実態を生むとともに、国際的に通用する新薬の開発インセンテイブを削ぎ、新規性に乏しい医薬品(以下「ゾロ新」という。)の開発を助長する結果を招いている。
委員会では以上のような認識に立って、第2次意見において、@薬価決定過程等中医協の審議の透明化、Aゾロ新について昨年4月の新たな薬価算定方式での引き下げ効果を踏まえた適正化、B毎年薬価調査の実施、C薬価基準の見直しと薬価差の早期解消 、という見解を示した。
これを踏まえて、政府は、本年9月から中医協の審議を公開とするとともに、ゾロ新を含めた新薬の価格付けについては、薬価収載の際の算定方式や使用した類似薬等についても公表することした。今後、国民が薬価についての理解と関心を高め、積極的に監視をしていく上で、必要不可欠な「薬価の情報公開」のスタートを切ったものとして評価される。なお、中医協のメンバー構成については、医療構造、社会構造を反映したものであることが望まれる。
また、薬価基準自体の在り方については、政府は前向きに取り組み、薬価基準の廃止も含めて、医療保険制度改革の抜本的見直しの中で本年度末を目途に結論を得ることとされている。しかし、薬価基準制度が見直されるにしても、使用した医薬品について医療保険における償還価格をいずれかの基準で示さざるを得ないことから、別の形式での公定価格は残らざるを得ないと考えられる。そこで、たとえ新制度が導入されても、価格づけ自体が公正で透明化された過程の下に実施されていく必要がある。その際、有効性や安全性に加え費用対効果を見る医療経済的な分析等により、医薬品の有用性を的確に評価し、医薬品メーカーや行政の恣意性に流されない客観的な価格づけが可能となる仕組みとすることが期待される。
(6) 医薬品の分類見直しによる一般小売店での販売
医薬品は、医療の様々な場面において使用されているが、その迅速かつ安定的な供給は、安全性の上に立ってなされなければならない。
医薬品は、薬事法によって製造規制及び販売規制が課せられているが、その販売方法については人体に対する効能効果や副作用の強さ等のリスクを勘案して、医師の指示に基づく処方薬である「要指示薬」がある一方で、医師の指示がなくとも購入可能な「大衆薬」が存在する。大衆薬は、通常の使用によれば副作用等の危険性がほとんどないものや、また、食品に極めて近い使用実態の医薬品もあるが、医薬品という分類の下に、薬事法による製造規制のみの化粧品や医薬部外品とは異なり、一般小売店での販売が認められていない。
第1次意見においては、医薬品のカテゴリーの見直しについて検討を開始すべきとの意見を示すとともに、販売の実態、服薬指導の状況等について調査検討を進め、第2次意見においては、医薬品のカテゴリーについて見直し、薬事法の許可を受けた販売業以外の一般小売店においても販売できるようすべきとの見解を示したところである。
その結果、政府は本年5月中央薬事審議会に医薬品販売規制特別部会を設置し、医薬品のうち人体に対する作用が比較的緩和で販売業者による情報提供の義務を課すまでもないものについて、薬事法の許可を受けた販売業以外の一般小売店においても販売できるよう、引き続き医薬品のカテゴリーの見直しについて検討を行っている。
最近の大衆薬の承認の状況をみると、医療用医薬品から大衆薬へのスイッチOTC(注)などかなり作用が強い医薬品が増えている状況にある一方、かなり作用が緩和なものもある。薬剤師による服薬指導等については、こうした作用の程度等に応じて分類する必要があり、注意書き等を読むことでかならずしも薬剤師による直接の指導がなくとも良いものまで販売規制を課すことは合理的ではない。一方、消費者は必要な時にいつでも購入できるという利便性とともに、効能効果が標榜された商品であるからという理由で購入するというのも事実である。医薬品の分類の見直しに当たっては、こうした販売実態や消費者のニーズを十分に踏まえて、一般小売店で販売可能なものとして分類されたものについては、効能効果を広告できるように留意していく必要がある。
(注)スイッチOTC;Switched Over The Counter 医療用医薬品の主成分を用いて大衆薬に転換したもの
(7) 医薬品一般販売業に係る設備・薬剤師配置規制の緩和
医薬品一般販売業は、薬局と同様、品質の経時変化が著しい医薬品や複雑な薬理作用を有する医薬品など、全ての医薬品を販売することができることから、店舗面積のほか試験検査設備及び器具を備えることが義務付けられている。また、管理薬剤師のほか医薬品の販売高により複数の薬剤師の配置が必要であるとされている。
しかし、設備・機器は実際にはほとんど使用されておらず、また利用しても精度の高い試験検査とはなっていない。また、薬剤師の員数については、実態として服薬指導が十分になされておらず、医薬品の販売規模に応じて配置する必要性は乏しいとの指摘もある。このため、第2次意見においては、個々の販売業者に対する構造設備基準上の義務付けは、廃止する方向で見直すべきとするとともに、薬剤師員数規制については、一般販売業に期待される情報提供の具体的内容等に基づき、見直しを図るべきとの見解を示した。
これを受けて、再改定計画においては、本年度中に医薬品一般販売業における設備規制については撤廃の方向で結論を得るとともに、薬剤師の配置規制についても、医薬品の販売規模に応じた規制は撤廃し、管理薬剤師一人のみとする方向で結論を得て平成10年度早期に実現することとされた。迅速な対応は評価されるが、見直しの後において、都道府県において取扱が異なることがないよう適切な指導が必要である。
(8) シルバーマーク制度に係る行政の関与の撤廃
シルバーマーク制度は、シルバーサービス関連事業者等を会員とする社団法人シルバーサービス振興会により平成元年から運用されている。この制度は国のシルバーサービスに関するガイドラインに沿って、民間組織が行う制度であるのもかかわらず、国の通知により市町村が在宅サービスを委託する場合には、シルバーマークの交付を受けた事業者に極力委託するよう配慮すべきとの指導を行っていること等により、国がその運営に関与し、マークを取得していない事業者の自由な競争を阻んでいるという実態がみられた。このため、第2次意見においてシルバーマーク制度に係る国の関与の撤廃によって、競争の促進を図るべきとの見解を示した。
これを受け、政府は、本年1月及び2月にシルバーサービスの育成指導等についての関係通知の改正を行い、
というシルバーマーク制度に係る国の関与は撤廃された。また、その際、在宅サービスの民間事業者への委託は、市町村がその責任において行うべきである旨の指導が行われた。
しかしながら、国の関与を撤廃した後においても、依然として地方自治体がシルバーマーク制度に依存したり、民民規制として作用したりする懸念もある。新たな社会保険として創設された公的介護保険制度の下においては、こうした懸念が生ずることなく、指定居宅サービス事業者の指定等に当たっては民間事業者間の自由な競争が阻害されることがないよう、十分に留意すべきである。
【本年度取り上げた事項】
(1) 医療の情報整備
医療機関相互の健全な競争を図るためには、医療に関する情報基盤の整備を図る必要がある。
このため、具体的には、患者の治療前の状態、治療方法(処置、投薬、入院期間等)及び治療後の状態を的確に把握するための標準化した分類方法の採用を徹底し、それをデータベースとして蓄積していく必要がある。これにより、個々のケースごとに治療方法の選択範囲と期待される効果のパターンが次第に明らかになり、各病院・医師ごとの治療結果がこの標準値とどの程度乖離しているか、等のパーフォーマンスを評価し、医療提供者の質の向上が期待される。その際、例えば、医療関係者の意見を踏まえつつ、全身麻酔手術等治療の実施件数などからデータベース化を推進していくことも考えられる。
また、診療所、中小病院と高度専門的な医療を担う大病院等との間において、その機能分担を明確化していく必要があるが、その際、患者がかかりつけ医としての医療機関を選択する場合、あるいは、かかりつけ医が患者の納得する適切な医療機関を提示し、紹介する場合等においてもデータベースは有用であると考える。
(2) 医療経営に係る諸規制の緩和
医療サービスは、生命に深く関わるものであるという考え方のもとに、医療施設に係るハードの規制、マンパワーに関する規制など詳細に定められている。
病院を開設しようとするときは、医療法(昭和23年法律第205号)第7条第1項により、開設地の都道府県知事の許可を受けなければならないこととされており、その設備要件としては同法第21条により、診察室、臨床検査施設等の診療に直接関わる施設のほか、消毒施設、洗濯施設等を有すべきこととされている。
都道府県においては、消毒施設、洗濯施設等施設・設備の一部について、国が最低基準として明示していない内容までを遵守するよう求めている実態が見られる。このため、国は、こうした施設・設備の最低基準設定の趣旨を、都道府県に対し十分周知するよう努めるべきである。
また、病院の一部の業務を外部委託することにより、当該業務に係る施設・構造設備については、院内の施設・設備を使用する場合を除いて、全く使用されていないか、有効な使用が図られていない実態も見られる。非常時における対応等の特別なケースを想定した設置の義務付けをするのではなく、業者との業務委託契約においてリスク管理が図られるべきである。したがって、基本的には、委託業務に係る施設・設備の設置の義務付けについては、その使用実態等を踏まえて、廃止も含めた見直しを検討すべきである。
さらに、医業経営の効率化を図るため、電子カルテの推進を図るとともに、各施設の管理責任の所在が明確であることを前提として、複数の診療所が同一の建物内に設置される場合にあっては、診療室以外の施設の共有化を認める方向で検討すべきである。
(3) 医療関係資格制度に係る規制緩和
ア 資格制度の在り方
医療関係資格は、生命に深く関わる医療行為を担うという高い専門性が求められることから、その質を確保するため、各専門毎に資格制度が設けられている。その養成体制は、資格毎に養成機関が設けられ、基礎科目、専門科目、実習等のカリキュラムに従い教育されることになっている。相互に極めて密接に関連する資格も存在するにもかかわらず、別の資格に途中で進路変更したり、就業中に他の資格を取得する場合にも、改めて養成機関で定められた年限を履修しなければならず、資格間の移動は極めて困難なものとなっている。
しかしながら、資格制度を独立のものとして分化させる手法のみでは、医療の技術進歩や医療システムの改革に柔軟に対応できるマンパワーを養成できない。
一方、各資格の養成課程については、その資格の業務に照らして、基本的な知識・技能を修得させることを目的として内容を定める必要があり、今後とも、医学の進歩や国民のニーズの変化を踏まえて、検証する必要がある。
そこで、関連性の高い業務を扱う資格から、また、基礎的科目から、順次、カリキュラムの共通化を目指す必要がある。そのため、既に履修したと認められる科目を免除する指定科目制の導入等を進めるべきである。一方、座学部分の全てを養成機関において履修することは必ずしも合理的ではない。座学について筆記試験を行い、その合格者について履修科目の一部を免除する方法についても検討することが望ましいと考える。このように改善すれば、履修時間又は養成期間の短縮が図られ、各資格の取得及び資格間の横断が容易となり、国民のニーズに円滑、かつ、弾力的に対応できるマンパワーの養成に資するものと考える。
イ 理学療法士と作業療法士
特に、要介護老人が1993年現在の100万人から2025年には270万人へと増大が見込まれる中で、寝たきりの予防、寝たきり状態からの改善の必要性が高い中で、リハビリテーションを担うPT(理学療法士)とOT(作業療法士)の確保が重要である。PTは治療体操、電気刺激等により基本的動作能力の回復を図る一方、OTは手芸、工作等により応用動作能力・社会的適応能力を回復させるための資格である。これらは密接に関わる行為を行うにも関わらず、一方の有資格者が他方の資格を得るためには、更に2年間養成機関での教育訓練を受ける必要がある。現在のPTの専門科目(1620時間)とOTの専門科目(1605時間)は、全く関連した実習経験がない者を前提として設定されており、一方の資格保有者についてはさらに履修に係る負担の軽減を図る方向で検討を行うべきである。
ウ 看護婦と介護福祉士
看護婦の資格を取得するためには、看護婦養成機関で3年以上(3年以上業務経験のある准看護婦又は高卒の准看護婦については養成所等で2年以上)修業した者等であって国家試験に合格することが要件とされ、資格保有者は業務独占として傷病者、じょく婦に対する療養上の世話又は診療の補助(看護業務)を行うことができる。一方、介護福祉士は、介護福祉士養成機関で2年以上修業すること、社会福祉施設や療養型病床群を有する病院、老人保健施設等の医療施設において3年以上介護経験を有する者が介護福祉士国家試験に合格すること等が要件とされ、名称独占として要介護者について介護を提供することができる。
急性期疾患から慢性期疾患へと疾病構造が変化し、「医療」から「医療も福祉も」必要な要介護老人の増大に伴い、医療・看護サービスを受け、退院し、家庭で生活支援・介護サービスを受けるという医療と福祉が別々の場面において提供されてきた従来の状況から、医療・看護サービスと介護サービスが居宅や療養型病床群等において連携して提供されることが求められている。このため、看護業務と介護業務が制度としては分かれていても、看護業務を担う看護婦と介護業務を担う介護福祉士が、共通の問題意識を持ってチームとして一人の患者に一体的・総合的にサービスを提供していく必要がある。これに加えて、個別の専門性を尊重しつつ、患者の特性やニーズに柔軟に対応していくためには、養成カリキュラムの弾力化を図っていく必要がある。
教育内容の弾力化に関しては、本年4月から看護婦養成カリキュラムの単位認定の弾力化が図られ、大学卒業者について既修の学習内容の評価により、看護婦養成カリキュラムの基礎科目として単位を認定する方法が導入されたところである。こうした観点から考えると、介護福祉士が看護婦養成課程に進んだ場合に、既に取得した一般教養科目の内容が、看護婦養成課程の基礎科目の内容・単位と合致している場合には、既修単位として認められるように、努力すべきである。
また、将来的には、看護婦と介護福祉士のそれぞれの業務の独立性・専門性を尊重しつつ、介護福祉士養成カリキュラムの専門科目の一部について、看護婦養成カリキュラムの専門科目として評価できる内容となっている場合には単位認定が図られるよう、検討がなされることを期待する。
(4) 企業による特別養護老人ホームの経営
特別養護老人ホームは、65歳以上の高齢者であって、身体上又は精神上に著しい障害があるために常時の介護を必要とし、居宅においてこれを受けることが困難なものの入所施設である。現在の措置制度においては、市町村は、特別養護老人ホームへ入所が必要とされた要介護老人を、特定のホームに入所決定することができることとされ、本人又は家族の希望する老人ホームを選択するというシステムとはなっていない。このため、行政の援護が必要な者に対しては、行政が保護を与える義務を有するという性格から、特別養護老人ホームの経営は、補助金や税制上の優遇措置等公的に保護された経営体により、安定したサービスが確保されることが優先され、多様な主体間の競争によるサービスの質の改善や経営の効率化の結果、消費者に選ばれた施設が残り、一部は淘汰されるとの市場原理が介入してくる余地はない。しかし、今後導入される介護保険制度の下では措置制度から本人・家族の意思により選択した特別養護老人ホームとの通常の契約関係に移行することになり、特別養護老人ホームの在り方が大きく変わることを認識しなくてはならない。
消費者自身によるサービスの評価・選択という新たな時代にふさわしい制度にするためには、参入規制はできる限り排除し、様々なサービスの差別化等を認めながら、効率的なサービス提供を図ることが重要である。
具体的には、社会福祉事業の在り方全般の見直しを行い、所要の制度改正の検討に着手することとしている。その際に、高齢者介護に関する社会福祉事業について民間企業の参入が図られ、民間企業と社会福祉法人とが同様の基盤に立つことができるよう、各種の規制緩和及び競争的環境の整備を検討し、その結論は、介護保険制度の実施までに得るべきである。
なお、消費者の選択に資するため、利用者に対するサービスの質等についての評価と情報提供の促進を検討すべきである。
(5) 社会福祉士及び介護福祉士の受験資格要件の緩和
ア 社会福祉士
社会福祉士は、社会福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもって、身体上、精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行う資格である。
要介護の高齢者は、身体及び精神にまたがり複数の疾病や障害を同時に有するという特徴があり、身体障害及び精神障害の双方に関わる問題を有している。この解決を支援する社会福祉士の役割は、高齢化が進展するにつれてますます高まっている。
とりわけ、介護保険制度が創設され、要介護老人や虚弱老人に対して、介護保険法の定める適切な介護サービスを確保するため、心身の状況、生活環境、本人の希望等を把握し、サービスの提供者と連絡調整等を行ったり、具体的なサービスの種類、内容等を定めるケアプラン作成において社会福祉士の活躍が期待される。その際のコーディネイトの内容としては、福祉サービスに関わる問題に限定されることなく、病院の患者や療養型病床群等の医療・介護施設の患者に対する退院後の在宅看護・介護サービスに関わる相談など医療もふくめ、多岐に渡らざるを得ない。
また、ソーシャルワーカーには、社会福祉士の他にも、医療機関において患者に対する医療相談、経済的相談、福祉制度に関する相談等を担っているソーシャルワーカーがおり、その業務内容は社会福祉士の行う相談と類似している。患者や施設入所者等との信頼関係の上に、潜在的なニーズを掘り起こし、効果的な助言等を行うためには、最も関係の深い立場のソーシャルワーカーが医療・福祉についての全体的な視野で取り組む必要がある。
こうした医療に関わる諸問題を解決するための取り組みは社会福祉士の行う相談援助業務に類似していることを考慮すると、社会福祉士の受験資格要件となる指定施設(1年以上相談援助業務に従事)については、社会福祉関係施設等に限定することは現実的ではなく、老人保健施設等の介護保険が給付対象とする分野や病院等にまで広げられるべきである。
イ 介護福祉士
介護福祉士は、専門的知識と技術をもって、身体上又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき入浴、排せつ、食事その他の介護を行うとともに、介護者に対して介護に関する指導を行う資格であり、受験資格要件としては、社会福祉施設のほか、医療施設としては療養型病床群、介護力強化型病院、老人保健施設等の介護施設に限定されている。
しかしながら、特別養護老人ホームや老人保健施設等にとどまらず、介護業務が定型的に実施されているような施設については、実務経験を積極的に評価すべきである。将来の高齢化の進展や介護保険制度の施行等を控え、介護福祉士の果たす役割への期待が高まる中で、医療施設等において介護等業務が定型的になされていると評価できる施設があれば、その業務を介護福祉士の受験に必要な実務経験として認めていくべきである。