8 国民生活・経済活動一般
我が国には、行政書士や弁護士といった、資格名に「士」と付くものをはじめとして(注)、数多くの資格制度が存在する。これらの資格制度には、業務独占規定が定められているものも多い。
これらの業務独占を有する資格制度は、高度に専門性のある業務や、国民の生活や安全に大きな影響を与えうる業務等に関して、試験を課すなどによって一定の資格者を定め、その規律に関して法律上で一定の規制を課した上で、業務独占を認めるものであり、これにより、一般に、サービスの質や安全性・信頼性の一定程度の高さが、制度的に担保されるとされている。
一方、こうした資格制度による業務独占には、次のような問題点があると考えられる。
一般に、参入規制と価格規制は、規制の中でも中心的なものであるが、業務独占規定は、当該資格を有しないものを市場から制度的に排除するという、参入規制的要素を色濃く持つものである。その結果、限られた有資格者が特権意識を持ち、当該資格者による特殊なムラ社会が形成されがちである。そうした市場においては、一般に競争が排除され、サービスの質が低下し、価格が高止まりしがちである。
試験に受かり、厳格な法的規律に服する、特定の名称を有する資格者が存在し、国民に良質で安心できるサービスを提供するであろうことには問題はない。しかし、その他の者を市場から事前に排除することまでは、必ずしも必要ではない。国民の教育水準も上がり、また民主化の進展や市場経済の浸透が進んだ現在においては、サービスの需要に関する選択を国民に委ねても問題のない分野が多くなってきている。権威ある有資格者が提供するサービスを好む国民は、業務独占規定がなくても資格者に依頼するであろう。無資格者であっても必要かつ十分なサービスの提供を受けられると判断する国民は、無資格者が、法律上の規律に服さないことも承知した上で、自己の責任で、そうした者に依頼すればよいのではないか。有資格者も無資格者も市場という共通の土俵で競争することによって、全体として、より良いサービスが、より安価に提供されるようになるのではないだろうか。
以上が、資格制度による業務独占に関する基本的視点であり、現在では、現行制度の制定当初に想定された業務独占の利点よりも、もはや弊害の方が大きいものもあるのではないかと考える。
特に、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、行政書士など、法律関係事務や法律に基づく書類作成・手続き等について業務独占規定を有する資格制度については、その傾向が強いのではないのだろうか。
以下に述べるように、本年度は、数多い資格制度の中でも、特に、広範な業務に携わり、国民にとって最も身近な存在であると考えられる行政書士に限って検討を行ってきたが、同様の議論は、資格制度全体に適用されるべきものである。弁護士については、既に委員会は意見を提出しており、規制緩和推進計画にも盛り込まれている。本意見においても、法務分野で、外国法事務弁護士やいわゆる隣接法律専門職種に係る規制緩和について再度言及しているが、その他の資格制度についても、今後、政府部内において、個別具体の議論が進められるべきである。
さらに、こうした業務独占に関する見直しが進められる過程で、各資格制度の実態を踏まえてその垣根を低くし、相互参入が可能になるということは当然の流れであると考える。あまりに細分化された業務提供は、利用者である国民に不便を強いることともなる。各資格制度間の兼業や相互参入をより緩やかなものとし、いわゆる法律総合事務所の設立を可能にするなど、ワンストップでのサービス提供に対する要望に応えていくことが必要である。
(注)「士」の他に、「師」や「者」などの付く資格制度がある。
【本年度取り上げた事項】
○ 行政書士による書類作成業務独占
上述のとおり、本年度は、行政書士による書類作成業務独占について検討してきた。
行政書士は、国民生活・経済活動一般において、官公署に提出する許認可申請や届出等の書類や私人間の権利義務又は事実証明に関する書類の作成を業務としている他、当該書類に関する手続代行・相談も業としているが、行政書士法第19条(行政書士でない者の業務の制限等)において、書類作成業務について行政書士による独占が規定されている。
行政に関する書類の簡素化が図られつつあり、また、行政手続法が制定されるなど行政の透明化が全般に進展しつつある現在においては、官公署に提出する書類は、当事者である国民本人が作成することが基本であり、また、本人は、自己責任で自由に誰にでも依頼できるようにするべきであると考える。
私人間の問題に関する書類についても、規制緩和が全般に進展し、自己責任の原則に基づいて行動することが原則とされる社会に移行する中では、同様であると言える。
行政書士による書類作成業務の独占によって、利用者である国民のプライバシー保護が可能となるとの主張があるが、プライバシーの保護は、法律によって特定の資格者だけに業務を認めることによってではなく、国民自らが適正なサービス提供者を選択できるだけの知識を持ち、それに伴う責任を自覚することによって達成されるべきものである。悪徳業者の出現を恐れて、少数の有資格者による独占の弊害を甘受するのではなく、公正な市場による競争を通じて、現在をはるかに上回る良質なサービスがより安価に提供され、悪徳業者は、当然に市場から排除されるという環境を作り上げることこそが、行政の役割であると考える。なお、それでも残る悪徳業者が、別途の罰則によって取締られるべきであることは当然である。
書類の提出を受ける側である官公署における事務の効率化を維持するために、書類が適正に作成されている必要があり、その観点から、書類作成業務を行政書士に独占させる必要があるとの主張もあるが、本来、国民誰もが困難なく書類を作成できるような制度にすることによって官公署の効率化も図るべきであると考える。
以上のような考え方に基づいて、行政書士に関しては、業務独占の在り方について、今後、具体的な検討を開始すべきである。
さらに、当面の措置として、行政書士への参入を少しでも増やし、また行政書士間の競争を促進することが急務であることに鑑み、行政書士試験の受験資格要件を廃止するとともに、行政書士会会則及び日本行政書士会連合会会則に、行政書士の受ける報酬については記載しないこととすべきである。